四話
「起きたか?」
目を覚ますと、熾さんの顔が間近に在った。
冗談じゃないくらいに整った顔。
それが心配そうだったから努めて明るい声で答える。
「はい、大丈夫です」
「良かった」
ほっと息をつかれる。
ようやくはっきりした頭でこの部屋に熾さん以外いないことに気づいた。
本当にどうでもいいことろには適当すぎるくらい適当だけれど、迂闊な人でないことくらいは私でも分かっている。
だから絶対熾さん以上に心配してくれているであろう人のことが気になった。
「己緒さんは?どちらに?」
ああ、と窓の向こうを見やる熾さん。
「『姫様が起きられるまで傍にいます!』って言って聞かなかったから沈めてきた。あいつにまで倒れられちゃたまらん」
「あちゃー、己緒さん起きたらカンカンですよー」
「そんときは一緒に怒られてくれい、あいつお前には弱いから」
肩を竦めて笑う。それがとてもこの人らしい行動で、私も自然と笑ってしまっていた。
武術とかでは熾さんの方が強いようなのだけれど、口では己緒さんに負けるらしい。
基本的に熾さんが己緒さん好き好きなのも理由なのかもしれない。
表には出さないけど、この人のシからはじまってンに終わる言葉具合は相当だ。
「はいはい、了解です」
頷いてあげる。姉妹円満を心がけるのは私の役目だから。
「で」
熾さんの声が低くなる。
「真白、単刀直入に言う。俺は回りくどいのは俺の淹れたお茶くらいに嫌いだからな。簡潔に、答えてくれ。
−−−−−社で、何があった?」
その質問に答えるには少しの時間が要った。
ゆっくりと剣の感触を思い出すように掌を握る。
「剣を、抜きました。覇権を司る剣を」
「−−−−−そうか。うん、分かった。それ、己緒には言うなよ。あいつすぐに顔に出るから。当分は伏せておく。うんうん、そうだな、真白、弐津宮の姫について何か知っているか?」
剣の話とは全然関係なさそうに思えたけど、熾さんが言うのなら関係があるのだろう。
だから正直に答える。とはいっても基本、私はこの人には嘘をつけないのだけど。
「穏やかなご気性だと伺っております。桜流でも一番内乱が無く温存された兵を持ちながら一度もそれを使われていないと」
熾さんの言葉の焼き写しだけれど熾さんは満足そうに頷いてくれた。
「うん、そうだな。大概はそれで合っている。だがな、一つだけ大事なことを忘れている。弐津宮は桜流中、一番何も考えていない宮だということだ」
「それは姫様自身がですか?」
「ん。基本的に平和であれば良いと思っている。それはこの崩れた世界の中では一番の危険思想だ」
どういうことだろう。
「平和であってはいけないのですか?」
「平和という結果を求めている限りはな。いいか真白、平和ってのは経過なんだ。結果じゃない。勝手に争いの間にできるものなんだ。結果としての平和を求めるとすぐに争いが起きる」
何か、とても、とても色んな意味の詰まった熾さんの言葉に私は只熾さんを見つめ返すことしかできなかった。
それが私にできる精一杯のことで。
それが分かったのか、熾さんは楽しげに私の肩を叩いた。
「真白、お前ちょいと弐津宮の姫に会って来い」
「・・・・・・え?」
「大丈夫だ、忍び込む道なら知っている。台詞の台本も作ってやる。だから遠慮なく行って来い」
「えと、熾さん?」
「さてさて、忙しくなるぞ・・・・・・・」
あの、お話聞いてください。
「ん?あ、そうだまだ飯食って無かったな。初にでも言って何か作らせるか。腹が減ってはなんとやらと言うからな」
「・・・・・・・・・」
私は、諦めた。