伍話

なだらかな平野にできた都市の中心。そこに五津宮の居城があった。

その中の一室。軍師に与えられた、都市が一望できる部屋で己緒は目を覚ました。

じんわりと暑いことから日中であろうと察し、次いで部屋を見回す。

そこには、隅にこじんまりとおかれた机でゆったりと読書をしている姉の姿があった。

そう、姫を看病していた己緒をいきなり昏倒させ、この部屋に寝かせた姉が。


「姉さん」


なるべく抑えよう抑えようとはしてはいるがちょっと殺気交じりの声に熾はへらっと笑う。


「おはようさん、己緒。よく寝れたかい?」

「姉さん」

「ん?」

なんでもないように己緒の眠っていた寝台に腰掛ける熾。


「殴っていいですか?」

「だめだ。つーか殴らせてやりたいけど、無理だ」


幼いころの訓練のせいで、あらゆる攻撃を自動で防御してしまう。


「ですよね。・・・・・・はぁ」


後で初さんにでも愚痴ろうかな、とか内心思っている己緒である。


「すまんな」


すまんな、ともう一度言うことで己緒の言葉をやわらかく肯定する熾。

姉さんがこんな風になったのは何時からだろう。

何時から、本心を隠すようになったのか。

己緒は考える。

考えても、答えは決まっている。

十年前。

二人が分かたれたあの日からだ。


「全然思ってもないくせに」


一津宮の内乱の日、二人は両親を失い命からがら逃げ延びた熾は現在の一津宮に拾われ凶手として育て上げられ、己緒は神術師に拾われ神術を叩き込まれた。

その時間は二人が一緒にいた時間よりも長く。


「姉さん」


不意に己緒はさびしくなって熾を呼んだ。

「何だ?」

「何だか、怖くなってしまいました」

「どうした?」

聞いてやるよ、と顔を覗き込まれる。

そうすると己緒はもう嘘をつけなくなってしまう。

子供のように、区切り区切り話す己緒の横に座り、熾は優しく笑んでいた。

「姉さん、私は、とても愚かで、姉さんのように賢くも強くもなくて、それなのに将軍で、なぜか姫様は私や姉さんを信じきっていて。まだ子供の姫様に、嘘をついているような気がして。それでも姫様の前ではいいところを見せたくなるし、姉さんに負けたくないって思うんです」

子供っぽいと知りながらも止まらない感情。

それを知っていたから熾は只静かに問いかける。


「苦しいのか?」

「はい、とても、とても、苦しいです」


幼い時から神童と呼ばれた姉。

幼い時からそんな姉を見上げ続けた妹。

十年たってもその立ち位置は変わらない。

否、己緒はずっとそう、感じているのだ。

背が伸び、髪が伸び、立場が変わっても。


「己緒」


不意に、熾は目を閉じて己緒を呼んだ。


「どうしました?」


自分の話など忘れて己緒は心配そうに熾を覗う

凶手として訓練された熾はあまり人前で目を閉じない。


「己緒、お前の目指すものは何だ?」

「え」

「ここからは私の本音だ。別に馬鹿なことだと笑ってくれても良い」


目を閉じたまま、熾は思い出すように呟いた。


「私はな、己緒。昔からずっと、終わりを望んでいるんだ。絶え間ない見えない戦が続くこの世界の、めでたしめでたしで終わる終焉を」

「終焉・・・・・・」

「終わってしまえば、私たちのように離れ離れになってしまう家族がいなくなる。終わってしまえば、あの子を返してやることができる。私が、役目から代わってやることができる」


それは、偽りなく熾の本音。

自らを「俺」を呼ぶ熾が「私」というのを己緒が久しぶりに聞いた。


「姉さん・・・・・・・」


掠れた声。
「なら、私は。それを手伝います。姉さんが嫌っていっても無駄ですから」

「うん、よろしくな。これからもっと大変になるけど、お前と姫様だけは、裏切ってやらないから」

いつかのように、熾は微笑んで己緒の頭に優しく手を置いた。


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